年齢に関係なく、仕事をする世界

いやいや、当たり前でしょ!?
年齢に関係なく、仕事してるよ?? 社会保障も沈没しそうなこの国で、頼れるのは自分だけだから!

みんなそう思って日々歯を食いしばって頑張っています。
そう、「歯を食いしばって」です。

世代別に、今のサラリーマンのちょっとネガティブな一面を見ていきましょう、

若い世代(20~)

歯を食いしばった所で、明日がよりよくなるイメージは湧かない。
いつまでこれ(仕事)を続ける? 3か月?半年?1年? …それとも20年?
終わりのない絶望が、ゆっくりと首を絞めてくる。

人生は長いけど、希望は少ない。
FIRE なんて言葉が流行るのも、そもそも仕事に希望が持てず、楽しくないから。

上の言われた通りなんてしてたら、ただ搾り取られるだけ。
黙っていう事聞いてても人生は好転しない、ならば自分の好きなように生きる。

今まで仕事を「いいものとして」経験を積んだ諸先輩方とは全く話が合いません。
彼らの価値観は総じて「黙って上の言う事に従えば事態は好転する」ですから。

こんな厭世的な状況、例えサロンにお金を払ってでも抜け出したい。
家庭に目を向ける人が増えたのも、それだけ「生きがいは仕事ではない」人が増えた結果でしょう。

中間世代(40~)

上に教えられてきた価値観が、実はもう通用しないとうっすら気づいているけど、どうにもできない。
上の世代の成功体験や、大きくなった会社の図体は、新しいことへの挑戦など許してくれはしない。

転職市場では必要な技術、人脈、仕事の略歴がなければ相手にされず、かといって若い頃のようなバイタリティもなく、必死に会社にしがみつく事を考え始める。

会社の経営層に到達した人は、困ったことに同年代の部下が「邪魔になる」。彼らはたいして仕事もしないのに高給取りだ。
だが、彼らを強制的に辞めさせるわけにはいかない。早期退職制度、として例え4000万円退職金に上乗せしようと、辞めてもらったほうがいい。
みんなを幸せにする…最初こそそんな風に考えていたけど、そんな考えも数年のうちに摩耗し、疲弊し、気が付くとただ、自分の立場を守るだけの戦場になっている。

強いストレスに晒されていると、幸せそうに生きているやつらに腹が立つ。
Twitter で一言、ウサばらしに他人を否定してもバチは当たらないだろう。コイツは稼いでて、私(俺)より楽しそうだ。

老世代(60~)

国家全体が強烈な成功体験にあった、まさに希望しかなかった。
余程生き方を間違えなければ、結婚した後子供を育てるのはお金が…なんて悩む必要もなかった。
「仕事が楽しい」「明けない夜はない」を体現できた世代。

ただ、老齢になると共に、生き場所であった会社に別れを告げることになる。
家庭をないがしろにして来た人が多いので、会社を辞めると途端に行き場を失う。

会社では偉い立場にあったのに、ポンと世間に出されてみればただのお年寄り。
ITなんて全然わからん、どの機械も多機能すぎてついていけない。
昔はパチンとスイッチいれただけでなんでも使えたもんだが。

タバコを番号で言ってくれと店員に言われ、腹が立つ。
公園で遊ぶ子供たちが邪魔だ。今やこの国は年寄りの方が多い。福祉が目を向けるべきはワシらだろう?
大人用オムツの方が、赤ちゃん用オムツよりも売り上げの高い時代なのだから。

年齢別人口ピラミッド

2021年
2つを重ねてみたら…

わずか30年のうちに、30台までは大体3~4割減、60以上は倍~3倍近くに膨れ上がっています。
若者の負担は1990年の5倍…となるでしょうか。

この時点で若者がお年寄りを支える福祉体制などほぼ無理である事がわかるのですが、困った事に政治家も高齢化、あるいは票田はお年寄りが多い…ということで、多数決の論理でいえば若者向けの政策が非常に通り辛くなっていますよね。

ボリュームゾーンである45~49歳から下はどんどん数が減っている一方なので、2050年になってもお年寄り優位な国のまま、人口だけ減っていく事が予想されます。

無理ゲーの攻略方法

黙っていても終身雇用、給料が毎年上がっていった人とは状況が全然違います。
中間以降の行動原理に黙って従っていては、若者は苦しくなっていく一方です。

私はふらふらしてる中間世代です。

たしかに、他者の助言は値千金。でも、最後は自分の信じた道を行きましょう。
黙って従うのではなく、きちんと自分の中で正しいかどうか租借して、進み続けましょう。

人は弱いものです。
自分以外の誰かが安定させてくれることを、潜在的に願ってしまいます。
過去の時代はその「誰か」が存在し、その庇護の下、技術大国日本を作り上げていきましたが、今は梯子を外された状態。
自分を守ってくれるのは会社ではありません。自分と、仲間がいると嬉しいですね。
特に、一緒に仕事の出来る仲間は大事にしたいところです。

近所、立ち並ぶ民家の中にひっそりと「豆腐屋」さんがあります。
看板もボロボロですが、毎日店は開いています。
売上なんてわからない。もしかしたら豆腐屋さんはサイドビジネスかもしれないけど。
それでも、自分の食べられる分だけでいい、お金をもらいながら、出来る事をして生きていく。
そんなイメージを勝手に描いて、地味にいいな、と思いました。

過去にはそんな個人商売がやんわりと否定され、サラリーマン&年金全盛となりましたが、今は逆にそういう生き方──自分で自分の生き方を求めていく時代に戻りつつあるようです。

たとえサラリーマンだったとしても、自分は個人事業主として契約している、たとえ会社がなくても次を探すことができる…そういうスタンスで生きていきましょう。
そうすると不思議と会社が手放したくない人材に成長できると思います。

いざ、辞めるとなったら恨まれたりするけど💦

仕事とは長い付き合いになります。
本当に「好きな事」を仕事にするのは難しい。
でも、仕事の中に少しでも「好き」がないと、長く続けるのはしんどい。

歯を食いしばって」仕事をしているだけだと、どんどん仕事が嫌になっていきます。
せめて、そこに歯を食いしばるだけの理由が本当にあるのか、考えましょう。

歳取って仕事なんてしたくないんだが

気持ちはわかります。私も結構な年齢です。
ですが、その理屈は自分だけではなく、周りとのバランスがうまく取れて、初めて可能になる事です。

人口比がこうだったら「国がなんとかしてくれた」でしょう。でも、

こうなると、「国はなんともしてくれません」。
それどころか、稼げば稼ぐほど税金や社会保障費という名のもとにガンガン搾取し、年金や介護保険の享受レベルは年々下がっています。

内閣府 社会保障給付費の増加

消費税が上がることをブーブーいう人は多いんですが、1990年から2021年にかけて社会保障費は3倍以上。負担は当然、若ければ若いほど厳しいです。

もっとマスコミが報道してもいいと思うのですが、みんなが目を背けたい話題だからか、問題の大きさほどは報道されませんね?(TV見てないから)知らんけど。

「歳取ったら仕事しない」は「たまたまいい時代に産まれた人の特権」であり、1990年代に年金スタートした人と同じものを享受するのはおそらく無理でしょう。

「自己責任」と言う言葉で私は括りたくありませんが、国任せにして助け舟が降りてくると思うほど楽観的にもなれません。
色々な時代、様々な国、そのときの状況に合わせた生き方に自らをシフトさせる必要はあるでしょう。

どう健康に、どう充実した人生を送るか。
それを考える上で、たとえ老齢になったとしても「仕事」というものに向き合う覚悟が、今後は求められるものと思っています。

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