ウメハラジオ聴いてて思ったこと

Youtube: ウメハラジオ ゲーム依存症とヒーロー

Youtube のレコメンドに出てきて第 3 回くらいからか…とても楽しく聞かせてもらっているウメハラジオ。
質問コーナーはここ最近の印象ですが、真摯に「自分の言葉」を紡ぎ出すウメハラさんがとても好きです。

さて、その質問コーナーでゲーム依存症に対するお話がありました。
非常に深く、染み入る内容だったので、誰も見ていないこんなところで感想を書いておきたくなりました。

Youtube のコメ欄に書けって話なんですが

質問内容(なるべく原文ママ)

ウメハラさん、ゲストさん、こんにちは。
いつもラジオ、動画配信、とても楽しく視聴させてもらっています。
私はウメハラさんと同い年なのですが、ウメハラさんの生き様やその人生に支えられた考え方に、大きな憧憬の念を抱いており、私にとってウメハラさんはリビング・レジェンドならぬ、リビング・ヒーローとも言える存在です。

私はとある地方の精神科医をしています。
職業柄、色々な人の悩みを聞き、そしてそれに助言することが多くあります。
助言といっても悩み相談であれば素人でもできることですから、当然専門的な知識を勉強した上でそのクライアントのニーズに沿った助言をしていくことになります。
ウメハラさんの話を聞いていて驚かされるのは、ウメハラさんが講演や、他の方々との雑談の中で、まさに我々がクライアントに伝えるような内容をさりげなくお話されている事が多々ある事です。
専門家でなければ至らないような発想を所々に見せることに、ウメハラさんがなにか人生の本質のようなものを知っているのだろうか、と驚かされるのです。

さて、我々の世界では昨今、ゲーム依存症なるものがトピックスとなっております。
特にFPSを中心として、思春期の子供たち、特に現実の世界では成功体験が少ない子供が、ゲームというバーチャルな世界でもてはやされ、必要とされ、相手をなぎ倒し、ゲームの世界から抜け出すことができない、という事が多くなっています。

依存症とは、簡単に言えばコントロールできなくなる病気です。
ゲームにのめりこみ過ぎ、学校に行かない。
親の財布から、お金を抜き取る。
ゲームを取り上げられると、情緒不安定になる。
そのような、生活上の様々な支障をきたす病気です。
そして、彼らの一部は「自分はプロゲーマーになるんだ」という見通しの甘い大義名分を立てるのです。

確かに、彼らの一部には本当に才能があり、プロゲーマーとして活躍できる人材もいるかもしれませんが、大半はそうではない、むしろ思春期の大事な時代を、バーチャルの世界に没頭してしまいます。
少なくともコントロールできていないゲームは、彼らにとってデメリットの方が大きいと言えます。
そんな彼らに、まさにプロゲーマーのパイオニアであるウメハラさんが講演をなさるとしたら、どんな事をお話されますか?
彼らを回復させるためとか、そういう意図は必要なく、ただウメハラさんが本心で彼らに伝えたいことがあれば教えて欲しいです。

ウメハラジオ 質問:ゲーム依存症について

ウメハラさんが「前段褒め言葉、でも後半の依存症って俺のこと」と話していました。
精神科医の方はそういうつもりはなかったそうですが、確かに私もそう聞こえてしまいましたね…。

ウメハラさんのこと

ウメハラさんを初めて知り、凄いと感じたのはスト4の決勝戦インタビュー、その決勝戦の動画でした。

格闘ゲームはスト2をちょろっとかじった程度でしたので、おそらくスト4の動画だけ見たら凄さは伝わってこなかったと思います。
ウメハラさんはインタビューの中で、決勝戦について

なにを練習し、どう相手の隙をつこうとしたのか。

この説明はいちいち的確で、その集大成として決勝戦の動画を見た時、その熱い想いがほとばしるようでした。

黙して勝利し続けるウメハラさんの気迫は素人にも伝わってくる凄さでした。

実績を産み、かつ、それを言葉で伝える。

ウメハラさんが初代プロゲーマーであり、今も活躍されている(事を素人でも知っている)のは、この「実績」「言葉」による所が大きいと思います。

ただ、もちろんウメハラさんが最初からそうだったわけではありません。
ウメハラさんの自らの努力ももちろん、時代や運にも支えられ、ウメハラさんをレジェンドたらしめました。

翻って、10 代の子供たちには、何もありません。
世間も知らず、生活力もない。人とうまくコミュニケーションも取れない、井の中の蛙。
こんな時がウメハラさんにもありました。この段階でゲームをしていない側の人間から「君はレジェンドだから、そのままゲームをやり続けなよ!」なんていわれること、絶対になかったと思います。

依存症というパワーワード

「依存症」という言葉は、そういう問題がある、という事を知らしめるためのパワーワードだと思っています。
それは確かに問題の存在を明らかにしますが、「依存症であるかないか」、その境界線は人間が勝手に決めたにすぎません。
また、依存症という言葉が産まれた途端、それは「悪いもの」のように扱われますが、けしてそうでない場合も含まれていると思います。

先ほど、こう言いました。

世間も知らず、生活力もない。人とうまくコミュニケーションすら取れない、井の中の蛙。

それはこう言い換えてもいいはずです。

世間も、生活力も、コミュニケーションも不要な舞台で活躍できれば、なんの問題もない。
蛙はたとえ世界が崩壊していようと、井戸の中から見上げる景色は、変わらぬ青空だ。

詭弁なんでしょう。
ですが、たとえ依存症と診断されようが、でも内に秘めた情熱と運気で世界を切り開き、覆せばレジェンドです。

人が「可能性が低いなら諦める」生きものであれば、富くじはこの世に存在しません。
大人よりも全体を見渡せないからこそ、若いころの情熱は一級品です。
それは「依存症」であり、止める必要があるかもしれない。
でも、それを止めたことで数十年後のレジェンドはただの人になるかもしれない。

難しい選択です。
専門家の方は素人の私なんかより、この事について深く考え、悩んでいるでしょう。現場は甘くはなく、とても多くの子のケースについて一つ一つ丁寧に考えている余裕はない。

そんな気持ちから「依存症」についてネガティブに書きすぎ、誤解を産んだのかもしれません。

私も依存症だった

当時「依存症」という言葉も一般的ではありませんでしたし、そう診断された事はありませんが…、

小学生、親の財布から金をぬすんでドルアーガ(ゲーセン)
毎日ゲーセン通って高校落第スレスレ(落第した人間などほとんどいない進学校だったので、お情けで卒業)
ゲームは取り上げられなかったが、取り上げられても情緒不安定にはならず、隠れてやっていた自信がある
プロゲーマーは当時なかったが、フリーターとしてバイトで一生暮らせばいい、という甘い見通し

よくもまあ、ここまで言い当てられたものだと情けなくなるような依存症パターンに見事ハマっておりました💦

とはいえ。
プロゲーマーでもレジェンドでもありませし、新卒でまともに就職活動もせず、バイトで繋いでおりましたが、私が好きだったゲームに支えられ、今ではそれなりのお金をもらいながら、合間にブログを更新する、ささやかな楽しみを持つリモートワーカーです。

もちろん、人生には都度都度社会と向き合う場面もあり、人に生かされている事を感謝できるようになったのは、様々な人との出会いや縁のお陰だと思っています。
バーチャルでは得にくかったかもしれない、といえばそうなのかもしれません。
問題は依存症、というより全てバーチャルで済むように一見思える(そのルートがトラブった時どうにもならない)時代性かな、とも思いますがそれはまた別の話でしょうか。

ハタラケ

2つあって…といいつつ出てきた3つ目のこの言葉、「ハタラク」。
自活する、というのはどんな理屈よりも自分の輪郭をハッキリさせますよね。

何をしてもいいから、ハタラケ

ウメハラさんの親のこの教えは簡潔ですが、とても正しく、響く言葉だな、と思います。

私も色々とバイトをし、クビになったものもあります。ゲームは好きでしたが、ゲーセンの店員は無理でしたね…。
私の家は、学業(と、親が思うもの)の投資はしてくれましたが、それ以外は自分で稼げ、が家の方針だったので、自然と「ハタラケ」に足が向いたのは良かったかもしれません。

働いて、ガチャガチャで周りの目なんか気にせず一喜一憂する。
これ最強。

若い頃は思いませんでしたが(キモい、ダサいとか思っていましたごめんなさい)、今なら心からわかるような気がします。
最低限生きるための原資は稼ぐ。楽しいものは人目を気にせず楽しむ。
このサイクルを作ることが出来ればそれでいい。シンプルイズベスト。

依存症、という言葉に「程度」がなく、診断する方にも主観が入るため、議論がボヤけてしまっているかもしれませんが、少なくとも、私も10代は依存症で、それでも豊かに生きています。
依存だから全てダメとはせず、依存と上手く寄り添って生きていけるようなロードマップ。
ゲームするな、学校いけ。
そういう通り一辺倒な押し付けではなく、一人ひとりに向けた、いろいろな道。

精神科医としての知識がそれに則したものかはわかりませんが…多くの、過去の私のような子供と向き合っているその方には、是非明るい未来を指し示していただければと思います。

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