「レトロ」「コンシューマー」「ソーシャル」ゲーム(3/3)

ソーシャルゲーム

「集金」主体のゲームです。作品によっては「集金システム」かもしれません。

充実期で段々と冷えていった日本のゲーム制作業界とは全く別のところで、物凄い勢いで売り上げを計上し、気勢を上げる業界が勃興しました。

いわゆるガチャゲーム。

こんな無料で大丈夫なんでしょうか

コンシューマーゲームの「決められたルートをなぞっていく」すら必要なく、とにかくお金をつぎ込むことが大事(トップに立ちやすい)、という射幸心で支えられたジャンルが登場します。

「射幸心」という、人の根源的な心理を揺さぶり、考えさせないだけではなく考えることを意図的に辞めさせました。
ひどい言葉を敢えて使うならば、人間というATMから、如何に効率よく集金するか。
そこに最大限注力した一つのシステムが誕生したのです。

ソーシャルゲームは、複雑化の針を巻き戻した

…と、あたかもソーシャルゲームをワルモノのように語ってみましたが、いい面も見ていきましょう。
多くの人が惹かれたのは射幸性によるものだ、と語られることが多いのですが、それだけではなく、「ゲームが単純になったこと」も、大勢のプレイヤーが産まれたキッカケではないかと思っています。

パズドラのメインは連鎖パズル。
モンストのメインはおはじき。

どちらも単純で、繰り返しプレイしたくなるようなゲームだったのではないかと。

同じ轍を踏み始める

ところが、コンシューマーゲーム機同様、スマートフォンの表現力も上がり続けています。
次第に 2/3 で語った状況に近づいていっているのです。
「話の途中だけどワイバーンだ」はもう必要なくなりました。

ソーシャルゲームは「プレイヤーは文章など見ない、統計にも表れている」という理由により、「幕間の話を 10 タップ以内に収める」など見えない制限がかかっていました。
そのせいか FGO では度々「話の途中だけどワイバーンだ」という展開で無理やり進行させる場面があり、今でも語られる皮肉ネタとなっています。

ストーリーの重厚化、ゲームの肥大化には多額の資金、バランス調整が必要です。
その苦労を超えてなお、はたして今度は、多くのプレイヤーが作品についてこれるのか。
これから答えが明かされていくことでしょう。

集金システムのゲーム性

集金だけでなく、ゲーム内容で勝負しようと努力しているゲームも存在する一方、本当に集金だけに走っているゲームもあります。
独自性なんかいらない、内容はおざなりでもまず集金しよう。
そんな調子なので、システムは以前のゲームをそのまま使いまわす事も多く、コンテンツであるキャラクター画像まで使いまわすこともあるようです。

もう、プレイヤーすらいらない

また、このタイプのゲームでは、ゲームプレイ時間を「無駄な時間」と考える風潮もあります。
ソーシャルゲームは「時間をお金で買う」という性格が強いですし、基本、プレイは延々と続くルーティンワークなので、そう考えてしまうのも仕方のない事だったのかもしれません。

それを払しょくするため、次の手を打ち出したソーシャルゲームがあります。
オートプレイです。プレイヤーはもう、なにもせず、ほったらかしにしておくだけでゲームが勝手に進んでいきます。

圧倒的楽! もうプレイヤーすらいらない。
あ、お金は払ってくださいね。そうしないと、運営出来なくなってしまうので。
そんな感じで、プレイヤーを淘汰し、お金を稼ぐ効率的な運営方法を常に考え、進化していく様は逞しいですね…。

今後のソシャゲは…

ソーシャルゲームの難しいところは「タッチ操作しかない」ところだと思います。リアルタイムのゲームは相当制約を強いられますよね。
ポケモンのようなスマフォならではのアイデアもありますが。

新しい遊びを産み出す余地が少ない分、「遊び」として飽きやすいデメリットを射幸性により埋めてきましたが、今度はどうでしょうか。

既に中小規模のソーシャルゲームは利益確保が難しくなっています。
いったん瓦解すると、衰退のスピードは速いかもしれません。

ちなみに、「コンシューマーゲーム」も並行して進化を遂げています。
2015 あたりまで日本のコンシューマーゲームの進化は海外に完全に後れを取っていましたが、最近は頑張っており、失われた時代を取り戻そうとしているように思います。

ゼルダの伝説 ブレスオブザワイルド
FF7 remake
更に進化した

ボリュームが増加する傾向は変わらないので、中小には依然として厳しい環境です。
そんな中でも驚くほどハイクオリティの作品を輩出しているチームには、頭が上がりません。

十三機兵防衛園
執念すら感じるアドベンチャーパート
天穂のサクナヒメ
基本2人で制作したとか…信じられない

ただ、やはりどちらも開発期間が尋常じゃなかったようですし…個人的にはとても売れて欲しい2作品。

全ての時代を見てきて

時代を経るにつれ、変わっていったのは、

ゲームはボリュームアップし、複雑化。
それに反比例するかのようにプレイヤーの解決力は不要になっていく。

でしょうか。
ソーシャルゲームはプレイヤーすらいらないという効率化の極致にたどり着いてしまいました(笑)

もちろん、現在のゲームでも、どうすればいいか、自分が考える要素がゼロではありません。
ただ、その「どうすればいいか」は、「現実だったらこうする」という物理シミュレーション的手法だったり、「最初のヘルプ」の延長線上になっており、レトロゲームのように「全然わからんけど、色々試してみる(しかない)」とは、別ベクトルの解決法ですね。
例えるなら前者は「初めての東京で暮らす」、レトロゲームは「無人島に放り出される」といったレベルの違いでしょうか。
ネットに攻略情報が氾濫しているため、自分で考える前に答えを見ればいい、となりがちなのも大きな違いですね…。

ロマンシア
当時のプレイヤーでも匙を投げる難易度

さて、あくまで時代と、その時感じた自分の感想を語ってきましたが、どの時代のゲームであれ、クリエイターの気持ちがこもっているのは確かです。
それが上手く表現できたか、上手く伝わったかは、別として。

プレイする人がその産みの苦労をわざわざ知る必要はありませんが、自分からそれを発信するクリエイターが出てくるのが、この先の新しい時代ではないかと思っています。
プレイヤーとクリエイターの対話の余地が産まれていく。SNSを通じて。
クリエイターはナイーブで、内向的な事が多いですし、炎上批判なんてあろうものならすぐに潰れちゃう可能性もありますが…。(私もナーイブです)

昨今は「インディーズゲーム」というカテゴリに、レトロゲームに近いテイストの新作ゲームがあったりしますよね(ほとんど海外ですが…)。
なかなか面白い作品を探すのは大変ですが、インディーズゲームが盛り上がることを期待しています!

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